【1208個目】
こんにちは! 研究者せしおです。
物語の中で、何かを信じることは美しいことであったりします。
逆に、勝手に信じて勝手に裏切られた気分になり、自暴自棄な行動に出たりします。
ミステリー小説なんかでは、探偵役のトコトン疑う姿勢が事件を解決に導いたりします。
逆に、犯人は勝手に疑って勝手に誤解して、犯行に及んだりします。
信じればいいわけではなく、かといって、疑えばいいわけでもない。
だからこそ、人生は難しく、面白いのだと思います。
何をどれぐらい信じて、どれぐらい疑うのか。
悩みながらも多様な選択をして、それぞれの個性として表れてくるのだと思います。
ブログの誤字脱字。
自分は間違うはずがないと信じれば、読み返すこともなく、誤字に気づけないと思います。
間違おうとしたわけでなくてもミスするものだと、疑う心が必要です。
同様に、仕事を行う中では、信頼する同僚をも疑う心が必要と思います。
善意や好意は信じ、忘れたりミスしたり理解が不足することは疑います。
自分自身についても。
自分の人生の方向性。
研究でも私生活でも、小さな夢のようなものはたくさんあります。
研究を成功させたい、テニスで両利きを極めたい、家族みんな幸せであってほしい。
それらの夢は叶うと信じるのか。
夢はほとんど叶わないものだと疑うのか。
僕は、夢が叶うと信じるほど楽観的な性格ではありません。
物事はそう簡単にはうまくいかないものだと疑ってかかっています。
僕は、楽観的にはなるまいと、物事を疑うスタンスが好みです。
そうありたいと思っています。
疑うことも疑うことが好みです。
ハハハ。

↑ ChatGPT作。バージョン5に更新されたみたいですね。
疑い深いスタンスの僕でも、楽観的に信じる心がゼロなわけではなくて、だからこそ前に進んでみようと思えている気がします。
心のどこかでわずかな期待を持っているからこそ、努力できているのかもしれません。
そんな感じで、無意識に信じてしまう中、意識的に疑って疑ってやっていきたいと思います。
人に嫌われないようには注意しないとですね。
ハハハ。
以上です。
今日も最高の一日を!